完全連鎖

Triangle top

Triangle

ヤクザ→リーマン←ヤクザ。

商社勤めの青年、稲垣 優(いながき ゆう)に執拗に固執し続ける極道サラブレッドな男2人の織り成すタイトル通りの三角関係。
自分達は『飼い主』だと平然と主張し、稲垣の体を弄ぶ滝川と東郷。

僕達はもう、好奇心と探求心のみで突き進める年齢をとっくに過ぎている。


話としては重め にしたかった ですが、主人公が限りなくお気楽 ポジティブな性格を持ち合わせているため かな〜り そこはかとなくコメディ色が。
エロ度高目(当社比)な3Pもの。
こちらでアップ後に、ある程度話が溜まった後でサイトの方で大幅に加筆してhtm版として公開しています(その際には1.5倍)

*( )で表記された番号は携帯から閲覧する場合の補足掲載分です。

● 本編
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 
 15(15.5) 16(16.5) 17 18 19 20 21 22 23


● 番外編

滝川編 (07.06.05)
東郷編 (07.10.29)
優パパ&(vs)滝川父編 :前編後編(08.06.09)23話後日談です。



管理人日記などを省いて通しで1話から読まれたい方は【こちら】からどうぞ。
この話は以前別のブログで公開していたものを07年4月に移行したもので、7話まではhtm版をそのまま掲載しています。
8話以降はブログ先行版です。

  1. 2007/04/11(水) 13:38:03|
  2. Triangle
  3. | コメント:4

Triangle 1

半月の海外出張から成田国際空港の入国ロビーに辿り付いたその時に、僕はようやく日本に帰って来たのだと深い安堵に吐息した。稲垣 優(いながき ゆう)当年もって28歳。それなりの外資系に入社して、順風満帆とはいえないけれど、それでも人並みには仕事をこなし、最近では時折本社である海外に出張するほどには会社の役には立っている。
だからこんな時にはちょっとした充実感に胸が昂揚する。
アタッシュケースを片手に、度の入っていないノンフレームの眼鏡をくいっと右手の人差し指で持ち上げる。長時間のフライトで少し乱れた前髪をもう一度後に撫で付けて、係員にパスポートを提示し難なく抜ける。後は日常に必要なものを詰めたトランクが吐き出されるのを待つのみだ。
ざわざわと雑多な人々で賑わうロビー内には、国際空港とはいえ流石に日本人が多い。だから尚のこと「帰ってきたんだよなー」なんて、仕事柄もう何度も海外に行っているにも拘わらず、やはりこの瞬間には幸福感で胸が一杯になる。

「味噌汁〜、たくあんに漬物〜。いや、やっぱりここは日本が世界に誇るカップなヌードルだろう」
バタ臭い飯にうんざりとしていた僕は、次々脳裏に浮かぶ『伝統的日本の食文化』に想いを馳せ独りぶつぶつと呟き幸せに浸る。洋食での生活が人生の半分以上を占めていたのに、それでも僕は日本食の方が好きだ。特に衣笠屋という老舗の浅漬けが好きで、おかずがそれだけでも炊き立て御飯2杯はいける。
そういえば今週は新作の発売日だよなーなんて、若亭主の独創心から生まれる期間限定漬物がひじょうに楽しみであったりする。
帰り掛けに拠ってみようかな、なんて、28歳独身男としてどうよ?なささやかな幸福。
けれどそんなささやかな幸福も長くは続かない。荷物を受け取りターミナルから足を踏み出した瞬間に、目の前に映った光景に足が砕ける程に脱力した。

「お疲れさまです、稲垣さん」
そう言って、黒塗りのドイツ車の後部ドアをうやうやしく開いた涼しげな面立ちをした男。年の頃は40手前。それでいて落ち着いたその物腰は、ベテランの執事も舌を巻くだろう無駄がなく洗練されたものだ。
それはもう何度となく目にした光景で、だからこそ胸糞悪さを拭えない。
出国することさえ通達していないというのに、なんで帰国日―――どころか到着時間までを正確に掴んでいるんだ【あいつら】はっ!
けれどこんな事態はもう慣れている。慣れたくもないがそうならざるをえなかった僕は、はぁ・・・と実にわざとらしい溜息を深々と吐き出した。
「毎度毎度ご苦労なことですね。いい加減、貴方も嫌になりませんか?」
ちょっと片目をすがめて言ってやる。勿論盛大な嫌味をこめて。
「失礼します」と、見据えた男とは別に、片手に持ったビジネスケースを当たり前のように恭しく手に取る男には一瞥もくれずにそう告げれば、「若からの指示ですから」それがさも当たり前と云わんばかりの返答に毎度の事ながら腹が立つ。
「で、今回【そちら】になった勝負事の内容は?」
後部座席に身を滑り込ませながら、そう言ってやればドアに手を掛けた男は感情のひとつも浮べないままに静かに口を開く。
「あみだくじです」
「………」
漆黒のスーツも板につき、紳士を絵に書いたような態度で接する男がどの口でそれを言う!?
心底呆れた。ここまでくると嗤う気にもなれやしない。
うやうやしく後部ドアを閉め、助手席に乗り込んだ男は運転手に行き先を告げると、振り返る事無くまた言葉を続けた。
「片倉と、私で横線は引きましたから」
だからその勝負は公正なものであったのだと、某組の切れ者と名高い飯島若頭はそう主張したいのだろうが。
「いや、そーいう問題じゃなくて」
広い座席に独り腰を降ろし、滑走路脇の道をひた走る金持ち御用達の車の中で僕は頭を抱えた。頭痛が痛い、まさにそんな感じだ。
―――片倉さん。貴方はソレで良いんですか!?
今この場にはいない、極道の象徴ともいえる屈強な成りをした寡黙な男が、ちみちみとあみだくじを作成する光景を思い浮かべ、在り得ないと深い溜息を漏らした僕は多分間違っちゃいない。ひとつ溜息を吐き出す度に幸せが逃げて行くというけれど、今日この短時間の間にどれだけの幸せが僕の中から消え失せたんだろう。
「飯島さん、いい加減馬鹿らしいとか思いません?」
毎回毎回、日本に帰って来てから疑問符ばかりを言葉を口にする自分にいい加減うんざりとするが、聞く方も同じようにうんざりとしないものか。だがよく考えれば迎えの人間は片倉か飯島なのだから、多分その労力は僕の半分でしかないはずだ。実に理不尽だ。零れ落ちた幸福の隙間は、こうやって不平不満で塗り固められて行くのだからやっていられない。
「それほど若の中にあって、貴方という存在が重いということですから」
「―――迷惑」
柔らかなシートにどっかりと背を預けながら、僕は本気の言葉を躊躇う事無く口にした。
「あきらめて下さい」
「嫌だ」
きっぱりと間髪置かず即答したにも拘わらず、飯島はそんな僕の言葉にも揺るがない。
「ご意見、御要望、苦情の旨は若に直接お申し立て下さい」
シート越しに抑揚無い声で平然と告げる男に、ひくりと片眉が釣り上がるのが自分でも判った。言ってどうにかなるなら100回といわず千回でも喉が枯れるまで叫んでやる。東京タワーの天辺からでも叫んでやる。

本当の本当に迷惑以外の何物でもない。僕の人生は【あいつら】に狂わされた。
僕の人生は僕のものであって、それ以外の誰かが無理矢理強制する権利など決してありはしないというのに、今の僕は自分の体さえもが僕自身の意思で自由を得る事ができない。
―――なんで28にもなって、ガキみたいにあいつらに拘束されなきゃならないんだよ。
苦々しい想いに膝の上で握り締めた手の平にじっとりと汗が滲む。
今日これから自分の身に降りかかるだろう事態を思って、空恐ろしさと同時に淫靡な期待すらもしている自分に唾吐きたいような心地がする。
「東郷の若は、もう着いているようですね」
緩やかに掛かる遠心力に、ハッとして前方に目を向ければ、豪奢なホテルの前にこの車と同じランクの外車が横付けされているのが目に止まる。
【東郷の若】
それは飯島の言う【若】とを分別する為の呼称だ。
「滝川は?」
それこそが飯島の言う【若】で。
「所用で本日は関西に出向いておりますが、夕刻にはこちらに参ると申しておりました」
いや、戻ってこなくてもイイから。
心の底から電車だか飛行機だかのトラブルを願った。
音も立てずに静かに止まった車体。
運転手の男はそれなりにいい腕をしているのだろう。
先止まりしていた外車の後に止まると、飯島はまた当たり前のように先に車を降り僕の為にドアを開いた。
まるで僕までが【そっち】の人間であるかのようなVIP待遇だ。
だから降り際についつい皮肉を言ってしまう。
「幾ら組長の息子でも、馬鹿に付き合う貴方もご苦労なことですね」と。
運転手をしていた男はトランクの中から僕の荷物を取り出している。
曲がりなりにも関東でも名高い広域指定暴力団の一員である男がだ。何の拘わりも無い一企業のたかがサラリーマン一人の為に、文句のひとつも言わずに黙々と世話をみるのだからそれこそ笑える。
「貴方のご苦労には至りませんよ」
スーツケースを差し出し、それまでの紳士然とした表情を崩し、酷薄な笑みを浮べた飯島の表情に、僕は思いっきり苦虫噛み潰した顔で返した。
「そう思っているんならどうにかしろよ」
年上を相手にしていながらも、僕の言葉は自然礼儀を欠いていた。何もかもを知った上で、飯島は僕を【あの男】に差し出しているのだから最低だ。それはもう一人の最低な【あの男】に僕を差し出している片倉という男も同罪。
悪足掻きと知っていながらも、それでも鈍い僕の動きを叱咤するように、無慈悲に先を促す飯島の何気無い動作に腹が立つ。
エントランスから急き立てられるようにホテルのロビーに押し込められる。
それがまた実に優雅でさり気ないからこそ、尚のこと腹立たしい。クソッタレッ!
広いスペースの一角に設置されたソファーからのっそりと立ち上がったのは、勿論【あの男】付きの片倉で、身長2mはあるんじゃないのか?と、成人男性の基準としては低くはない僕でも見上げるほどの大男は、僕にではなく飯島に軽く慇懃に頭を下げると、荷物の受け渡しをするかのように両者暗黙で僕の身柄を僕の意思とは関係無いところで勝手に遣り取りしてくれる。
というか、荷物以下だ。ハンコも無ければサインも要らない。
それを片脇で眺める自分を思うと余りにも惨めだ。
時刻が早い所為か、豪華なシャンデリアに照らされた広過ぎるロビーに人影は少ない。空港から程近いこのホテルは、庶民な僕でも名を知っているお金持ち御用達のホテルだ。実に腹立たしい。素で言うなら【むかつく】。毎度毎度【あいつら】がご用意なさる無駄にご立派なシチュエーションが勿体無くて、世の皆様に土下座しろと、靴を履いたまま後から蹴倒してやりたくなる。
―――できないけどな。
だからこそ尚のこと身に染みる。
犬猫じゃあるまいし、どうしてこんな扱いを受けなきゃならないんだ。
じりっと、片脚が上品な色合いをした絨毯の上を後退る。このまま体を反転させてダッシュすれば、もしかしたら―――。

引いた足元に体重をぐっと掛け、本能の促すままに行動を起こそうとした瞬間。
「相変わらずそそりますね、貴方のスーツ姿は」
「……………」
冷やかで凛とした張りのある声色。知性的な内面を感じさせる物言いに、ピキリ…と氷像のように固まった僕にはお構いなく、背後から伸びてきた優美な白い指先が、僕の喉元にひたりと触れた。
「でもそのネクタイは少し、趣味が悪くありませんか?」
「―――ぐっ」
静かな気配は一転、行き成りネクタイを強く引っ掴まれ、強引に振り向かされ息が詰まった。
そんは筈はないぞ。ライトグレイ系のスーツには、濃い系の小紋柄ネクタイが似合うと教えてくれたのは女子社員だった―――が、そんな反論が意味を持たないどころか事態を悪化させるだけと僕は知っている。
「あんた……今、どこに行こうとした」
ああ、やっぱり。それまでの慇懃な言葉はどこへやら。むなぐら掴み上げる勢いでネクタイを引いた男は鼻先が触れそうなほど間近な距離で、見掛けとは裏腹な地獄の閻魔様もかくあるかという低くドスの効いた声でそう問い掛ける。
「………喉が渇いたかなーなんて」
ははっと引き攣った笑みを浮べる僕に、その男=東郷 誠司(とうごう せいじ)は道行く世の女性の大半が見惚れるだろう涼やかな美貌で形成された顔に、とてもじゃないが美しいとはいい難い、実に意地の悪そうな悪魔的な笑みを浮べた。
―――ああ、やっぱりこいつはヤクザな男なんだよなぁ。
普段のエリートサラリーマン然とした容姿についつい忘れ(現実逃避し)てしまうが、この男も立派に極道なのだ。それもかなり上部に居る―――。
【Let sleeping dog lie】寝た犬は起すな。日本のことわざで言うなら【触らぬ神に祟りなし】
平和主義の僕は、寝込んだ大型犬を起すつもりも、普段はどこぞの世界を見下ろす神様に積極的に触るつもりもなかったからこっそりと逃げ出そうとしたのに。
それに見事に失敗した僕は、ただヘラッと笑うことしかできない。いわゆる【ジャパニーズスマイル】だ。海外では余り歓迎されない、実に曖昧な表情ではあるけれど、そんな笑みを浮べざるをえなかった先人に僕は思いっきり共感する。
「そのアホっぽい表情はやめろ。折角の美貌が台無しだ」
「生れつきだ、放っとけっ」
他にこの複雑な心象を表すすべが無いんだよっ!
途端不機嫌になった僕に、東郷はすっとネクタイから手を放し、たったひと言を残し背を返した。

「逃げんじゃねぇぞ」

……………むかつくっ!
どこから見ていたんだかしらないが、あの男はガラスケースの中に入ったハムスターでも観察するように、一部始終を見ていたに違いない。長身を返し片倉と飯島のもとへ向かう広い背を見送りながら、僕は心の内で中指を立てる。
誰かどうにかしてくれ。なかば投げ遣りにそう唱えたところで、【あいつ等】相手に真っ向から渡り合おうなんて奇特な人間がこの世に存在しないことはもう充分判っている。
願わくば明後日出社できる体で居られますように。
冗談ではなく本気で願った僕は、視線だけで呼びつける男に向かい1歩足を踏み出した。





  1. 2007/04/11(水) 13:40:42|
  2. Triangle
  3. | コメント:0

Triangle 2

「どうしたんですか?そんなところで道端のお地蔵さんのように固まって」
判っているくせに。躊躇う僕の様子を楽しんでいるとわかる涼しげな声色に内心舌打つ。
しん…と静まり返った通路。エレベーターから吐き出された僕は、渋々と足を向けていながらももうこのままユーターンしたい気満々だ。カードキーを差込み、大きく開かれた扉の先、きっと一階のサラリーマンである僕の薄給では決して泊まる事ができないような素晴らしくも豪奢な景観が広がっていることだろう。
けれど今の僕にはたった1歩が踏み出せない。セピア色の照明に照らされた静かな廊下に立ち竦む僕を嘲笑うかのように、丁寧な口調とは正反対に東郷は口端を釣り上げ手を差し伸べた。

「……帰る」
そんなささやかな願いが叶えられるはずも無いと知って、それでもボソリ…と呟けば男はくつくつと喉を鳴らし―――。
「まだ躾けが足らないようですね。いい加減10年も手間隙掛けた私達の労力も考えて欲しいものですね」
反射的にヒクン…と肩が跳ねた。仕立ての良いスーツを嫌味なほど見事に着こなした男は、僕の標準より少しばかり薄い体を検分するように足元から上へと冷やかな視線で眺めやる。なんというか、ヘビに睨まれたカエルの気分だ。そう、僕は完全に【捕食される立場】で、この強い眼差しから逃げるすべなど何ひとつ持たない。
というか、逃げても無駄。束の間の安息を得たとしても、その何倍もの報復が後に待っていると判って逃げる馬鹿も草々いない。
でもなーと、それでも思う。
「―――頼んでないし」
この辺が僕が僕である由縁なんだろう。良く言えば馬鹿正直。悪く言えば要領が悪い。キジも鳴かずば撃たれまい。口は禍の門。蚊の鳴くような声で言ったにも拘わらず、しっかりと僕の本音は相手に伝わってしまったらしい。
「いい加減判れよ。あんたに拒否権なんかないんだってな」
「―――っ」
行き成り手首を掴まれ室内に投げ込まれる。勢いに投げ出された体は、毛足の長いお値段高目の絨毯に無様に転がり、それと同時に肩に鈍い痛みが走った。眼鏡が外れて音も立てずに転がる。伊達だから別に無くても構わないが、それでも掛けるとちょっとインテリっぽく見えるから自分では気に入っていた逸品だ。
「ふざけるなっ!僕はお前等みたいに刺されても撃たれても壊れないような、無駄に頑丈な体をしてる訳じゃないんだ」
荷物じゃないんだよっ。割れ物取り扱い注意なんだよっ!理不尽な扱いに幾ら温厚な僕でも腹が立つ。大体にして僕にはこんな扱いを甘受する理由なんてひとつもない。
噴き上がる憤りにギッと見上げた先、そんな抵抗など屁でもないとばかりに東堂は偉そうに両腕を組み尊大な態度で僕を見下ろした。
「それはまた随分とご謙遜を。一晩中私達の相手をできるだけの体力を持ち合わせている人間など草々居ないでしょうに」
そう言って磨き上げた靴先で小突いたのは、こともあろうに僕の尻だ。
「黙れ、この万年発情エロ男が。だいたいにして付き合い切れてないだろうがっ!」
そう、大抵僕は過激で濃密な彼等の行為に耐え切れず、途中必ず意識がすっぱりと途切れている。ただでさえ無理な役割を押し付けられているというのに、標準より秀でた体と人並み以上の性欲を内に秘めたこいつらの相手を、僕ひとりでいっぺんに引き受けること自体に無理が有ると何故判らないのか。
意識不明の人間が認識できないほどの自己チュ―フィルターには、10年経った今もゲップが出るほど感服できる
実はこいつら頭悪いんじゃなかろうか。
英雄色を好むというが、世の中には可愛い女も色っぽい女も大ザル一杯に溢れるほどに存在する。これが選択肢が無い追い詰められたモテない男なら小指の先程に同情もするが、僕が知る限りこいつらには選り好みをする暇が無い程に常に極上と云われる部類の女達が群がっていた筈だ。
それが何をとち狂ったのか、こいつらは10年も飽きずに僕(のケツ)なんかに固執する。
「ああ、あんたは覚えていないでしょうけどね。意識を失ってるわけじゃないですよ。理性を無くしているだけで。覚えていなくて良かったですねぇ。あんな顔であんなこと、平気で言ったりしたりしてるんですから」
―――ばっ!…か野郎、と続く筈の言葉は、すぅと細められた鋭い刃の眼差しに呑み込まれた。
「あんたも同罪だ」
「知るかっ馬鹿。責任転換はお前らの専売特許かもしれんがな、そんなのは酒を飲んだ上での戯れみたいなもんだ。それを本気にして脅迫するなんて、遊び慣れた貴方様にしては随分と無粋な真似じゃ御座いませんか?」
実際怪し気な薬を飲まされ嗅がされ、散々な目に合わされたことだってある。そんなふうに強要された本人の意思とは無縁の部分にまで、責任を取らなきゃいけない謂われなんかこれ〜〜っぽっちも僕にはありません。
片腕立てて起き上がろうとしたにも拘わらず、片脇に身を屈めた男が僕の肩を押さえつけそれを阻む。やんわりと。けれど逃げを許さない強さで。
「―――邪魔」
いつまでも無様に床に転がっていたくない。据えた声色でぞんざいに言い放っても、目の前の男は意にも返さず笑みを深めるのみで、僕の言葉など聞いちゃいない。
「へぇ、酔えるほどに美味いわけだ。わざわざ不味いものを飲めるほど融通が利く人間じゃないでしょう、あんたは」
「北京ダックと同じだ。美味いも不味いも無く、無理矢理流し込まれる立場になってみろ」
肥え太らせる為に意思とは関係なくガシガシと胃袋に餌を流し込まれるアヒル。今の僕はそれに似ている。こいつらの欲望を満たす為だけに、毒にも薬にもならない体液を10年以上もだくだくと体の中に注ぎこまれている。
いや、毒にはなるかもしれない。ケツ穴から溢れるほどに注ぎ込まれた大量のそれは、掻き出さずに居ると偉い目に遭う。
「そのお陰でしょう、あんたがこんなに艶っぽいのは。男の癖に男を誘う。歳食えば飽きると思ったのに、益々あんたは色っぽくなる」
熱を篭めた声で、片耳に囁く男。耳朶に触れた吐息に、無意識に体がぶるりと震えた。
だからまだ手放す気は無いと宣言する強い言葉。
でも僕達はもう、好奇心と探求心のみで突き進める年齢をとっくに過ぎている。
「迷惑だ。僕は普通に可愛い嫁さん貰って、どこにでもあるようなささやかな家庭を築くんだ」
そして子供達に囲まれいずれ死んでいく。ドラマにもならないような在り来りなシナリオ。けれどそんな掃いて捨てる程の地道な日常がどれほど尊いか今の僕は知っている。
「無いものねだりっていうんですよ、そういうのは」
そんな日常なんて我慢できないくせに。言外に突きつける男の言葉が腹立たしい。そんなことは言われるまでも無く判っている。だからこそ夢物語のように紡ぐのだ。言うだけタダ。夢見ることで誰かに迷惑を掛ける訳じゃない。叶わないから、だからこそ夢見て何が悪い。
「ふ……っ」
唐突に重ねられた唇。覆い被さった男は退路を絶つように床に置いた両腕で体を封じ込めると、僅かに首を傾げ深く唇を重ねてくる。
愛撫と言うには些か強引とも言える、縮こまった舌を裏側から掬い上げ絡める動き。慣らされた体はその行為に呆気無く反応し、ジリジリと焦げるような熱が芯に灯る。
「や……め…東……郷っ」
どうにか唇を浮かせ、切れ切れに告げても後頭部に回った男の片手がその先を許してくれない。また深く重なった口付けに、息を吸う余裕も無く送り込まれた唾液を舌と舌の間で絡め合わせる。10年。いや、正確には12年だ。高校一年から始まったこの関係は、体ほどに心まで馴染ませるには至らない。
大きく唇を割り押し込められた男の舌。何もかもを奪い取るかのように蠢くそれは、長い年月を掛けてなお、本当の意味では僕の理性までをも奪ってくれない。
いっそ根こそぎ奪ってくれたら、こんなにも苦しくなんてならないのに。沸々と体の奥から滲み出す熱に目頭が熱くなる。だからこそ【こいつ等】が許せないのだと、それが判らないほどに僕は子供じゃなかった。
薄っすらと開いた視界の先に、未だ知性を残した冷やかな眼差しが映し出されている。向かい合って弄って、それでもお互いを探るようなむず痒い気配。
それはきっと、この先も変わらない。否、変えてはならない暗黙の境界線。

「相変わらず、いやらしい体をしているんだな、優は。もう、こんなに膨らんでる」
ゆったりとした動作で僕の膝を自分の両足で割り開かせると、男は鳥肌が立つ程に優美な動きで僕の浅ましい股間をそろりと撫上げた。
「―――ん……やっ」
羽根が触れるような柔らかい接触に、甘い疼きが腰を突き抜け僕は尻を浮かせた。
半月。僕は性欲というものを発散していない。国外にもそう言った場所はある。異性と出会う場所も、同性と出会う場所も、性欲を発散する場所など人間が哺乳類にカテゴライズされている以上、当然の如くどこの国にでもあるのだ。
明確な発情期なんてものはなかったけれど、それでも唐突に訪れる欲求を誰彼構わずぶつけようと思わないのは、バックバージンを奪ったこいつ等が僕にかけた呪詛の言葉。
―――お前の体も心も、何もかもこれから俺達のものだ。
その体はお前自身のものですらないのだと、初めて男を受け入れたショックで自失呆然と意識を彷徨わせていた僕の中に、傷口に塩を塗りこむように押し付けられた言葉は、その後も平然と続けられた強要に有難くも無い事に僕の一部になっていた。
それがセックスではなく、ただの暴力の一部と認識できていたらまた違ったのかもしれない。そうであれば、僕はきっとこいつらに全力で抗っていた。例え抱かれても犬に噛まれたと開き直れるくらいの気概は持っていた。鬱々と悩むのは馬鹿らしい。呆れるくらいに前向きであるのが僕だった。けれどそれに留まらない深い感情の渦に、気付けないほど鈍感な人間でなかった事が僕の不幸の始まりで。

「ん……や……めっ」
生地越しにそろりと幾度も撫上げられる。その度に情け無いことに体がビクビクと跳ねる。
この男の愛撫はいつだって執拗で粘膜染みている。【あの男】とは正反対の性癖。力で有無を云わせず獲物を屈服させ、体を傷つけ弄ることを好むあいつと違い、この男は生殺しに獲物をいたぶり心を傷付けることを好む。
「嘘吐きだな、あんたは」
「―――っ」
ぐっと強く握りこまれ、突き抜けた刺激に背が反った。
そしてまたその無慈悲な手は、延々と続く責苦のように柔らかく僕の物を刺激する。飴と鞭なんて表現があるが、その甘さにさえ毒が含まれているのだから最悪だ。緩慢な手の動きに耐え難きを感じ体が震え、いつまでも後を引くような中途半端な刺激に、プライドなんてものを投げ捨てて泣いて縋ってしまいそうな自分がずっと嫌いだった。
拒絶に動く腕は容易くひとつに束ねられ頭上で固定される。
部屋に通るまでもなく、幾らエグゼクティブとはいえ扉を潜って直ぐの固い床に組み伏せられ嬲られるなんてあまりにも惨め過ぎる。
「ふ……うっ」
吸っては離れ、そしてまた吸い上げられる。幾度と無く繰り返される執拗な口付けに、慣らされた体は容易く熱を灯す。
「どうして欲しい?」
膝を大きく割り、腰を深く進めお互いを擦り合うように嬲る男の動きに喉が鳴る。
挿れて滅茶苦茶に突き上げて欲しい。生地越しに触れ合う生温い刺激がもどかしくて、無意識に揺れた腰の動きに男は嗤う。
散々拒絶の言葉を口にしていながらも結局はコレだ。いっそ性欲なんてものがなければこいつらの思惑にまんまと嵌まることも無かった。もっと突き詰めていうなら、【抱かれること】が性の発散手段となったこの体こそが忌まわしい。
「勝手…に…し…ろっ。馬鹿野郎」
途中経過が男を悦ばせるだけだと知っているから、精一杯の虚勢を張る。
でもやっぱり僕もずるいんだろう。ぷいっと顔を逸らした僕には、その時東郷がどんな表情をしていたのか判らない。けれど束の間止まった弄る指先に、その意味に気付いていたけど知らぬフリをする。

「あんた、やっぱ最高に腹が立つ」
硬く凍り付いた声色にもきつく目を瞑って、束ねる大きく厚い手の平に篭った力にもだんまりを決め込む。
「―――っ!」
そんな僕の態度に焦れたのか、東郷はワイシャツのボタンを弾き飛ばし前を開かせると、荒々しく僕の小さな胸の尖りに吸い付き歯を立てた。
「い……っ」
きりきりとした鋭い痛みに目尻に涙が浮かぶ。反射的に振るおうとした腕は束ねられたままで動きやしない。
「い…た……っ」
本当に食い千切るつもりなのかと、あまりの強さに僕はなかばパニックに陥り掛けた。幾ら男の僕には使用目的が無くて要らないものでも、曲がりなりにも僕の体の一部だ。食い千切られたら血も出るし、何よりも痛いに決っている。
僕はマゾヒストじゃないから自発的に痛い思いなんかしたくない。
徐々に増していく痛みに恐怖だけが僕の中を塗り潰そうとしたその時―――。

「誠ちゃんよ、それ契約違反。俺がいないところで随分楽しそうなことやってくれてんでないの?」
不意に響いた低く強い声色は、けれどどこかお軽く質量が無い。それと同時に途切れた痛みに、ホッと息を吐いたのも束の間、ヒロインの危機に颯爽と現れたヒーロー……そんな阿呆な想像をしてみたが、そんなものが現実逃避だと知っている。
「……遅い」
対する『誠ちゃん』の声色は漬物石には重過ぎる低音で、僅かに唇を浮かせたまま告げるたった一言に、パブロフの犬となった僕は痛みから解放された安堵を味わう前に反射的に全身を強張らせた。
「暇じゃないんだよ。これでも死ぬ気で仕事終らせてきたんだぜ?」
万人を震え上がらせるだろう東郷の物言いにも怯んだ様子を見せずに、相変わらずの口調で返した男は、その口でまた僕を凍りつかせるに充分な発言をかました。
「優ちゃん久し振り。今日は朝までお付き合いよろしく。泣いても喚いても手加減しないから。そのつもりで覚悟しとけよ」
毛足の長い絨毯に足音は吸い込まれていたけど、東郷に組み伏せられたままの僕に近付く気配はしっかりと感じ取る事ができる。
「まったく、仕事なんざ辞めちまえよ。しょっちゅうお預け食らうこっちの身にもなれっていうんだ」
男の声に、一気に質量が増す。
「―――ひうっ」
何を勝手なことをと口を開きかけた僕のタイミングを計ったかのように、ねっとりとした物が傷付いた乳首を舐め上げ、唐突に与えられた快感に僕は声を上げ喉を仰け反らせた。
「やっぱ最高にエロいな、お前は」
傍らに屈み込んだ黒いスーツと、薄く開いた僕の唇に這う少しかさついた武骨な指。
ようやくのように視界の中に入った男は、もう散々見慣れた僕でも惚れ惚れするような、精悍な顔付きをした美丈夫だった。少し長めにカットされ、柔らかく後に流した東郷の少し茶色掛かった髪とは対照的に、短く刈り上げられた黒髪は日に焼けた浅黒い肌のイメージにひどく似合っていた。

滝川 猛(たきがわ たける)
そう、この男が僕のもうひとりの【飼い主】
この時点で決定。やはり僕は週末を挟んでも月曜は会社には行けないだろう。
―――辞めちまえよ。
その前にクビになるかもしれないよ、くそったれ。


  1. 2007/04/11(水) 13:42:24|
  2. Triangle
  3. | コメント:0
次のページ